渡航前最後のディズニーにて②:ディズニー限定超レアポケモンからの村神様ならぬ〇〇神様降臨

ディズニー閉園1時間前 子育て
小走りおばさん

なぜ私はディズニーだとこうも我を失ってしまうのか…

このときは 村神様ならぬメル神様と心底感謝しました。

メルカリって何でも売ってるし「何でこんなのが?」ってモノが売れてたりするんですよね。

リーナ・ベルのミニ絵本を売ってくださった方へ…こんな人間がアナタの出品に救われました。

小さい頃はディズニーがそんなに好きではなかった。

自分は両親とはかなり気が合う子どもで親の言うことは絶対的に正解、とまではいかないまでも親の価値観を基本的に信じていた。

彼らは分かりやすいエンタメを嫌うタイプの人間で旅行では神社仏閣や美術館巡りさせられディズニーに関しては「何が楽しいのか分からない」と言っていたため私には”ディズニー=つまらないところ”という刷り込みがなされた。

ところが大学生になり友達と行ってみたら

何ともめちゃちゃ楽しいじゃあーりませんか。

思えばあの頃から走ってたな…(学生だったら普通かな?)。

20年後もディズニーで走っているとはあの頃の私は想像もしなかったであろうよ。

でも また20年後、私がディズニーで走っているか。

それは分からないと思うのだ。

なぜなら、学生のときは友達と行くから楽しかったし、

今は子どもたちと行くから楽しいからだ。

実はディズニーでは子育てが終わった世代の女性グループも良く見る。

その方たちは本当にディズニーが好きなんだと思う。

でも自分はディズニー自体が心から好き、というより

毎年子どもたちと同じ場所で思い出を刻め、彼らの成長を感じさせてくれる、

そんなディズニーが好きなのだ。

もし子どもたちがいなければ私はもうディズニーを楽しめないと思う。

それどころかそこかしこで子どもたちとの思い出が浮かんでしまい切ない気持ちで胸がいっぱいになって1時間もいられず門を出てしまうような気がする(ウィークナイトパスポートで夜景を楽しむくらいならイケるかも。いや、それはそれで切なさ倍増でダメかも…)。

それなのに私はなぜ子どもたちを置いて突っ走り、子どもたちを怒ってしまうんだろうか。

ディズニーは頻繁に来られるものではないから”時間めいっぱい使って楽しい思い出を作りたい”という気持ちが強くなり過ぎて本来の目的(子どもたちが楽しければそれで良い)を忘れてしまうんだろうな…。

次回行くときは①と②の反省を生かしてより楽しいディズニーの旅にしたいものです。

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